松山地方裁判所 昭和25年(行モ)3号 決定
申立代理人は申立の趣旨として相手方今治市長の爲した申立外杉山春二郎の今治市片原町百三十八番地の二宅地二十七坪に対する換地予定地東部間口〇、六二間の分及相手方福永源治の今治市片原町百四十番地宅地二十坪に対する換地予定地指定処分の執行を停止するとの命令を求め、その理由として要旨左の如き陳述をした。「相手方今治市長は昭和二十三年三月十七日前記の如き換地予定地の指定をしたが右は申立人從前の宅地で、福永源治の從前の宅地は僅かに二十坪であり、他人に大迷惑をかけてまで留まらすべきでなく、須らく他に飛換地を指定すべきである。又杉山春二郎は終戰後申立人に懇請して申立人の好意により現在の角地を坪僅か三百円で買受けたものであるが、その申立人の情誼を無視して、現在申立人がその通路に使用している杉山の東側の増歩部分を南側の申立人の土地と交換するか或は貸して呉れとのさゝやかな申立人の懇請をも聞き入れず、爲めに申立人は工場より製品を搬出するのに一々人の肩を借りて片原町の道路までかつぎ出さねばならぬ状態であつて申立人の権利は不当に侵害を受けているのである。相手方今治市長の処分は無効であると信じ、その確認を求める本訴を提起しているが、前記杉山、福永の両名は指定を受けた予定地の上に建築を爲すべく準備を完了し今明日中に建築に着手する。一たび建築あらば申立人は勝訴するも権利の回復は先づ不能である。仍て行政事件訟訴特例法第十條に從い本申請に及ぶ。」
然かしながら申立外福永、杉山の両名が相手方今治市長から換地予定の指定を受けた宅地(申立人の從前の所有地)に建築をしても、後刻本案訴訟において申立人が勝訴の判決を受ければ建築物の除却を実現することは容易であるから申立人が償うことのできない損害を蒙るものとは言えない。右両名の建築が成れば申立人は工場より製品を搬出するのに(申立人の工場までトラツクを引入れることが出來ぬ)片原町の道路まで人の肩を借りてかつぎ出さねばならぬと申立人は言うけれども、片原町の道路は現在幅員二間足らずであり、トラツクを申立人の工場まで入れることは出來ない状況にあるにしても、右道路は区劃整理上幅約四十米の公共廣場になる予定であり、その曉には申立人の換地予定地として受けた間口一、七八間の宅地でも之を利用して申立人工場までトラツクを自由に入れることが出來るものであることは当事者双方の陳述から肯認出來るのである。然らばトラツクを工場まで入れるやうにするにはむしろ片原町の道路拡張の工事が急速に実現出來るよう区劃整理の実施促進に協力するのが早道であるとさえ言えるから損害を避けるため緊急の必要がある場合にも該らない。
以上説明の通りであつて申立人の申請は理由がないから之を却下すべきものとした。
(裁判官 加藤謙二 橘盛行 水地巖)